
島原販売士協会の歴史
『販売士』の名前は、福井商工会議所等が『営業士制度』を採用していたものにヒントを得たもので島原在住の峯潔氏が提案、古瀬進氏、石川莞二氏などがその制度誕生に尽力された島原独特のローカル色の強い制度でした。『販売士』制度は当初、昭和45年より島原商工会議所が始めた制度であり店頭販売員の訓練と社会的地位向上を目的に販売士養成学校として店頭販売員を年に2〜3回ホテルに缶詰研修、試験を経て1,2級販売士の資格を認定し、バッチなどを授与していたものが基となっています。
昭和46年、47年とこの販売士養成学校は続けられたましたが、その後、新聞などで、度々報道されたこともあり、この販売士制度は全国的に知られる事となり、昭和48年より全国一斉の検定試験が実施されるに至り、その後、全国組織として現在の日本販売士協会が51年に設立されました。
この日本販売士協会は昭和49年から50年にかけて、東北6県・北陸信越両商工会議所連合会より、1.販売士制度の普及振興 2.各地販売士協会の総合調整
3.販売士の資質の向上と社会的地位の確立等を図ることを目的とした日本販売士協会設立方の要望があり、日本商工会議所内に日本販売士協会設立準備委員会を設置、その後種々の検討を経て、51年に設立されたとの事です。
当初の販売士制度を知る島原販売士協会の会員中には、現在の販売士制度にローカル色が無くなった点に寂しさを感じるとの声も一部にあります。